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マゾヒズムに花束を!

恥ずかしくて、ためになる情報発信 Female Domination & BDSM

強制射精写メ 

バイブ責め強制射精写メ

 女王様:早口言葉で「強制射精写メおなしゃす」って3回続けて言いなさい!

 homer:きょうすえいしゃしぇいシャメ、オナシャス! キョーシェイ〜サセイ、あれ? きょキョしゃ・・・」

 女王様:ダメ、やり直し!


 女王様はこう言って、僕のペニスにバイブを押し付けて擦りはじめた。

ーーー 記憶は 

  雪のふるやうなもので

  静かに 生活の過去につもるうれしさ 

           萩原朔太郎「記憶」



 自分の恥ずかしい姿を、まるで人ごとのように眺めることが可能だということに、少なからず驚いたものです。

 昭和の時代にはあり得なかった(>_<)

 前掲の場面は女王様に顔面騎乗されながら、Pをバイブで責められて逝きそうになるところです。

 顔面騎乗されているところを客観的に見るのも恥ずかしいのに加えて、強制的に射精までさせられるというのはダブルで恥ずかしい。

 しかし今、こうして昔を思い出しながら見つめると、ダブルで嬉しいような気がしてきます。

 「思い出」というのは、目に見えないフィルムのようなもので、それを印画紙に焼き付ける心の作業が、古代から現代に至るまで、文字と言葉、絵画や美術、そして動画やテクノロジーというツールを介して、行われてきたのだと思います。

 芸術などの領域で、その表現の手助けをしてくれる女神の存在がしばしば言われます。

 自分自身が芸術家だとは思わないけれど、女王様は僕に羞恥心を笑い飛ばす勇気と希望を与えてくれるミューズとなってくれていました。

 女王様の前では、僕の羞恥心は消滅する。

 そこには恥ずかしいマゾがいるだけで、「マゾの恥ずかしさ」というものはない。


 さてここで、読者の皆さん!

 ものは試しで、お独りで部屋にいる時、声に出してこの早口言葉を言ってみてはいかがでしょう?

 実際にやってみると、あなたはもう詩人になっています。

 中原中也でもボードレールでもいいのですが、声に出して読むことがキモです。

 月に吠えると、ナゼか癒される気がしませんか?






[ 2024/03/01 08:32 ] マゾヒズム記憶遺産 | トラックバック(-) | CM(0)

まぞのあわれ 

絶対領域_109

恥ずかしきことこそめでたけれ

 この季節、素足にロングブーツで、太もも(いわゆる絶対領域)を露出して歩いている女子を近くで見かけると、誰でも目が釘づけになりますよね?

 先日、そんな娘さんが、地下鉄で僕の隣りにドスンと座ったのです。

 スマホ見ながら、周囲には一瞥もくれはしない。

 「なんとなくS女っぽくてイイ感じ」

 僕は彼女に気づかれないよう、その太ももを見つめる。 

 こんな近くで、あれほど血色のよい、白い肌を目にすると、眩しくてクラクラします。

 それには、あたたかくて、生命力溢れる心地よさも感じることができる。

 老い先短いこのM老人に、神様が恵んでくれたご褒美かもしれない。

 これまでナニ不自由なく、健やかに暮らせたことにも感謝しなければ…

 足ることを知っていれば、たとえ何か不足があっても、楽しいと感じて感謝できる。

 いくつになっても、美しい女性の素肌を目にすると、ガン見せざるを得ないのは、自分が命ある生き物だから。

 「どうして私の脚を、そんなに熱心に見つめているの?」

 彼女のそんな声が聞こえたような気がした。

 あまりにも露骨に集中し見つめ過ぎて、不審者に思われたのだろうか。

 だが、その際、「お許しもないのに」のひと言がつけ加えられていると、少し嬉しいかもしれないと思うのは僕だけだろうか・・・

 この太ももで顔面騎乗されてみたい!と心の中で叫んでみる。

 その刹那に「ナニ考えているのか、大きな声で叫びなさい!」と命令されたらどうしよう〜… (>_<)

 このような妄想って、わりとフツーですよね?

顔面騎乗に適さないお尻_11_書店
ここにも「絶対領域」が!





[ 2024/02/22 16:09 ] 雑記 | トラックバック(-) | CM(4)

もっと強く踏んで欲しい? 2 

ペニスギロチン台

女王様:どんな気分? こんなコトされて。

M 男:う、嬉しいです。

女王様:恥ずかしくないの?

M 男:恥ずかしいですけれど、嬉しいんです。

女王様:どうして?

M 男:女王様に、こんなことして頂いて光栄だからです。

女王様:違う! あんたがヘンタイだからでしょ!

M 男:あう、お、おっしゃる通りです。私がヘンタイだから・・・(>_<)

女王様:「私がヘンタイだから、もっと強く踏んで下さい」ってお願いしなさい。


 もはや、なすすべもない、この無防備感は、実に何とも言えない。

 生命の儚さ、無常観に溢れる侘び・さびの世界のやうだ・・・





[ 2024/02/17 10:48 ] マゾヒズム記憶遺産 | トラックバック(-) | CM(0)

もっと強く踏んで欲しい? 

 毎度マイドたいして代り映えのしないネタで申し訳ないですが、およそSM性癖なんて個人的には究極のワンパターンなんだと思います。
 
 むしろ、マンネリであるのに常に新鮮な喜びや快楽を見いだせる神秘にこそ意義があるように感じます。

 一度言ったことをすぐに忘れて初めて言うかのようにまた話してしまう認知症のようなもので、何度も何回も妄想しても飽き足らない。そんな感じでしょうか。(ちょっと違うか?)



 海外の FemDom サイトによくあるCBT系の責め、いわゆる「チン踏み」の刑というのがあります。

 昔、彩ムーンパイセンがお手製「ペニス・ギロチン」を作られており、アレの大型のを使って踏みまくる恐怖のプレイでありながら、妄想オンリーも含めて愛好者は多いようです。特に海外では。

 このパターンでは踏まれて射精するのが理想らしく、僕にはとても無理で、おそらく踏まれても勃起しないと思う。

 そもそも、僕のように短小・仮性包茎+早漏というマゾには成立しにくいプレイなのです。

 しかし、大昔、若い頃に軽く踏まれただけで勃起したことは、あるにはあった。

 ただ、その時の印象としては、「踏まれる」という身体的刺激よりも、状況的なメンタル脳への刺激の方に強く反応していたようでした。

 下から見上げる女王様の眩しいような笑顔、楽しそうな表情に惹かれてしまった。

    ※ このあたりは「ぶらチ●ポ」にも共通するイデオロギー。

 だから、CBT本来の愛好者が抱く形式とはやや異なるとは思うのですが、本質的には似たようなものかなと思われます。

 ただ、彩月さんもおっしゃっていましたが、やはり日本ではあまり人気がなく、外国人のお客さんで希望されるM男の方が多かったようです。

もっと強く踏んで欲しい


 女王様:あらあら、踏んだら大きくなったわね? お許しもないのに。

 奴 隷:あぁ… じょ、女王様、どうか・・・

 女王様:なあに? もっと強く踏んで欲しいの?

 奴 隷:いえ、その、もう少し軽くでお願いできますでしょうか?

 女王様:いいわよ〜 ギュ〜〜(もっと強く踏んでいる)

 奴 隷:ああぁ〜そ、そんなぁ うっ  ドピュン! ドピュン!

 女王様:あらあら?もう逝っちゃったの? お許しもないのに。

 しょーもないヤツねー(笑)



    * しかし、こんなんばっかしやな、俺 …(>_<)

   実際、これは妄想シナリオでなく、ほぼ実話ダイアログです。


チン踏み

 この無防備感がたまらない。

 こうした画像を、見ているだけなら勃起もできるが、実際にこういうめにあったら縮みあがってしまうだろう・・・



■ ぶらチンポ Spin Off

■ 春川ナミオのストイックなペニス描写


[ 2024/02/14 08:24 ] マゾヒズム記憶遺産 | トラックバック(-) | CM(2)

事実でも虚構でもない世界 

本当の自分_もっと舌を伸ばして


 女王様とのセッションの最中で、あまりにも魅惑的な体験に恍惚となり、「あぁ… これは現実のことなのだろうか?」と、うっとりしてしまう時がある。
 
 もちろんそれは現実ではなく、演劇的な虚構であり、妄想であることはわかっている。しかし我を忘れて陶酔していると、虚実皮膜の間に形成される独特の広がりを持つリアリティに驚かされる。

 自分が理想とするセッションにするため、「根回し」や「段取り」という手間ひまは虚構ではなく現実のものだ。

 念入りに準備された構成やシナリオが実現されることもあれば、即興的に創りだされる瞬間もある。この虚実の間の広がりが、いかに形作られ、変容してゆくのか。

 自分の脳内妄想をファンタジーとして体感できるという、いわばヴァーチャル・リアリティの現場にいる己の姿を、セルフィー画像としてこうして再確認するというのも、虚実皮膜の妙と言えるのであろうか。

 昔、SM雑誌のグラビア写真で、M男モデルの姿に自己を投影して楽しむという形式の、記憶や表象の生成がここに脱構築されている。

 女王様にセッション中のぶざまな姿を「激写」されてしまって、SNS等で公開されてしまう狂気にも紐づいているのであろう。

 他者から鑑賞されると同時に、自分も別の他者の醜態を、いや、男性マゾヒズム的には多様な「美しい」姿を鑑賞する。

 その狂気を美意識として快楽と呼ぶためには、人間や文化、風俗のあり方に関わる新たな視野、価値観が求められるのであると思う。


本当の自分展













[ 2024/02/10 17:38 ] 雑記 | トラックバック(-) | CM(0)

終活としてのマゾヒズム 


 人生の終活にMP(マゾプレイ)をされようとするご高齢の読者の方もいらっしゃるかと存じます。

 くれぐれもお怪我などされないように気をつけて、楽しまれて下さい。

 随分昔「顔面騎乗ファン」というブログがあって、Eichanという人が書いていましたが、僕が監督した「顔面騎乗に花束を!」にも出演して頂いた方です。その撮影現場で、彼が「眼に気をつけるように」、と僕に注意というかアドバイスしてくれました。危険なプレイなのだということを真剣に指摘してくれた唯ひとりのM男氏の言葉が、今でも印象に残っております。

 何でもそうですが、SMプレイ(特にMプレイ)は身体が基本です。そして顔面騎乗は顔が基本・・・でもありません。顔の上に座ると書いて顔面騎乗と表現されますが、直接顔の上に座られるのでなく、胸とか首、あごの上ぐらいまでにしておかれたほうが無難でしょう。

 そして女王様にお願いしたいのは、その場合でも、全体重で乗るのは極力避け、やや膝立ちっぽく隙間のゆとりを保つ姿勢が望ましいかと思います。

 ナニ甘っちょろいコト言ってんだ!という声も聞こえてきそうですが、体育会系の部活ではないのです。大人の男女の、紳士と淑女とのうたげであることを押さえておきたい。

 以前「ひょっとこプレイ」で紹介した時の顔面騎乗は、太ももで顔を挟まれるという、厳密には「騎乗」ではないのですが、高齢者にはこのスタイルの方が理想的でしょう。

 ムギュ〜と両サイドから圧迫されると、口がひょっとこみたくなるのが面白いです。




 顔面騎乗は単にエロい官能プレイではなく(そういう面もあるにせよ)、羞恥責めという面もあると思います。

 女王様の足下にひれ伏して脚にキスをするのも、四つん這いになって背中に女王様を乗せてお馬さんとなるのも、基本的には同じ境地だと思う。

 自分の立ち位置、居場所はここであるという、アイデンティティを確認するという人間としての性のようなもの。

 顔面騎乗とは、それを確認するための装置として機能する。

 終活の前に行うMPは、人生における最後の自分探しの旅とも言えるかもしれません。


[ 2024/02/02 15:30 ] えすえむだけが人生だ | トラックバック(-) | CM(8)


プロフィール

筆者に宿る仮想人格:homer



 自分に素直になりたい!そう願っているひねくれ者なのかもしれません。平凡で小市民的な暮らしを営む一方で、過激な妄想世界を漂う、無意識過剰の仮性マゾ。



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