
初めてパリを訪れる人は、たいていルーブル美術館へ行きます。
それほど特に絵が好きというわけでもない人びとが、そこでアリバイ工作でもするかのごとく、ダヴィンチの「モナリザ」を見るのが定番コースなのですが、僕が20年以上昔に初めての海外旅行でフランスに行った時は、真っ先にオルセー美術館へ足を運びました。
モナリザなんかよりも優先して観たかった絵がオルセーにはあったからです。
それはカバネルの「ヴィーナスの誕生」という作品。

これは一昨年、六本木の国立新美術館で開催された
「オルセー美術館展 2010」には出品されていませんでした。
あの展覧会はオルセー美術館がたまたま改修工事中だったため「仕方なく」出稼ぎに印象派の有名どころが来日していたようなもので、フランスが本当に大切にしている国宝級の作品は来てませんでしたね。
「ヴィーナスの誕生」といえば
ウフィッツィ美術館にあるボッティチェルリの作品が有名な(なにせ
Adobe Illustrator の起動画面 にも使用されていた)のですが、同じ題材でヴィーナスを描いた作品としては、僕はカバネルの方が好きです。
フランス語に「小さな死」(petite mort)という言葉がある。
性的な絶頂感や射精を暗示する表現で、西洋近代絵画の大きなモチーフの一つです。
美術史をちょっとでも勉強すると、カバネルの「ヴィーナスの誕生」では、この petite mort が表現されていることがわかります。
そんな知識などなくても、ルネサンス期に描かれた代表的なボッティチェルリの傑作よりは、なにやらイヤラシイ絵に見えませんか?
カバネルは当時まだ根強かった宗教的なタブーを巧みにかわしながら、女性の美しさをエロティックに描きました。
そういうわけで、つまりエッチな動機からルーブルではなくオルセーに行ったのですが、どこか間違ってますでしょうか?
その次の日、なんとか都合をつけて、アリバイではないけど一応ルーブルにも行きました。
もの凄い混雑で、モナリザにたどり着くまで2時間以上かかり、防犯のためか10メートル以内には近づけない上、大勢の人だかりの隙間から豆粒みたいにしか見えないモナリザには何の感動もなかった。
画集で見るより小さくしか見れない実物のアホらしさ。
まだ20代の青二才でしたから、そばで見れなかったことに憤慨したものです(>_<)
それに比べると、目と鼻の先で間近に観れた巨大なカバネルの迫力には、本当に圧倒された。
ミーハーだなぁ...(^^)
(ちなみに絵のサイズはボッティチェルリのヴィーナスの方が大きい)
この他、オルセーには、やはり僕の大好きなウィリアム・ブーグローの「ヴィーナスの誕生」や、ドガの「エトワール」など、マゾヒズム的に面白くてためになる作品がそろっています。

ルーブル美術館にはオルセーより歴史的に古い傑作がたくさん所蔵されている。
「ミロのヴィーナス」が有名ですけど、ルーブルの場合すでに建物自体からして古い宮殿という芸術作品のような趣で、貴族趣味のそれはそれでよいのですが、オルセー美術館にはもっと庶民的な親しみやすさが感じられて、僕はそういう雰囲気が気に入っている。
それもそのはず、オルセー美術館はもともとは鉄道駅舎で、建造物としては新しく(1900年のパリ万国博覧会で建造された)、洗練された心地よさがある。
5年前に再びルーブルを訪れた時は、ちょうど映画「ダ・ヴィンチ・コード」の公開時で空前のモナリザ・ブーム。連日満員御礼のうんざりするほどの混雑で、疲れたという思い出しかない。
この時はあえて「モナリザを避ける」というウラワザで、すいてるところをゆっくり観てまわりました。
(こう言ってはなんだがモナリザさんて、あまり美しいとは思ってませんから、別にどうでもいい)
ルーブルにも、アングルの「トルコ風呂」やドラクロワの
「民衆を率いる自由の女神」など、僕の好きな絵はあるのですが、なんだかんだで全体的な印象では、オルセーの方が絶対によかった。
そのオルセー美術館が長い改修工事を終えて、昨年リニューアルしました。
展示室の照明と壁の色を変えることで、作品の魅力を最大限に引き出すことに成功したと言われています。
NHK BSプレミアムの
「極上 美の饗宴」という番組で、新しくなったオルセー美術館が紹介されるとのことで、楽しみにしています。
◇ 放映日 3月5日(月) 夜9時 NHK BS