
今年のノーベル文学賞に決まったカナダ人作家、アリス・マンローが来日し、ライブトークを行います!というのと同じぐらい画期的なイベントが、新宿の紀伊国屋書店で行われました。
本国のアメリカでは匿名の著述活動を行い、けして公の場には姿を見せなかった
Master Kの素顔が拝めるというだけでエキサイティングな催しです。
すでに昨夜行われたプレス・リリースで、日本マスコミへのは顔見せを行っているのですが、出版されたばかりの「緊縛の文化史」のプロモーションのためとはいえ、本人にとってはリスクの大きい行動になぜ?の声も。
SM緊縛の本というよりは、文化人類学的なアプローチによるオカタい内容なので、出版社の要請に応じて一般読者向け宣伝のため人肌脱ごうということなのでしょうか。
というよりも、日本人読者に直接メッセージを伝えたいという、著者の情熱のようなものが感じられます。
それにしても紀伊国屋書店がよくこのイベントを共催したと思う。
高島屋の帰り道に「緊縛の文化史」を買って家路につく主婦のイメージが思い浮かばないんだけど(>_<)
それはともかくとして、異文化の視点から観たジャパニーズ・ボンデージの魅力を、本人の声から聞いてみたいと思いました。

久しぶりにやってきました新宿は、南口の工事が終わったと思ったら、新しいサザンテラス口なるものができており、さらにわかりにくくなっている。
ちょっと早めにホテルを出て、
ギャラリー新宿座にまで足をのばすことに。
これがまたわかりにくい場所にあるんですよね、ここ。
(以前に
杉浦則夫の緊縛写真展 で来たことがあるのに迷ってしまった)
なんとか辿りついたものの、勝手に入って行っても大丈夫なのかしら?みたいな民家のような入り口近くで、数人の外国人が談笑している。
なんという偶然なのでしょうか、マスター "K" 本人と関係者でした。
"K" の隣にいたアリス・マンロー似の美女が、初対面で見ず知らずの僕に対してフレンドリーにも、「あら、いらっしゃい!こちら縄師とカメラマンです」と、信じられないことに、笑顔で迎えてくれたのでした。
彼女は通訳で今回の来日のアテンドをしている
アリス・リデルさんで、その筋では著名なスパンキング小説家です。
とても流暢な日本語でマスター "K"と展示写真の撮影者ダグラス・トマス氏を紹介してくれました。
僕が homerと名乗ると、これも信じ難いことに
先日の僕のブログ記事が読まれており、本の紹介に対するお礼の言葉とともに、中の展示作品についてマスター "K"自らが案内をしてくれることになりました。
マスター "K"は 緊縛写真のフォルムとエモーションについて丁寧に解説して下さり、「自分は縛っただけで、写真作品の主役はモデルであり、クリエイターは撮影したダグラスだ」というようなことを英語で説明します。
僕は突然の成り行きに戸惑いながらも、マスター "K"の暖かみのある接遇にたちまち取り込まれてしまった。
その慎み深い態度には
「緊急来日した外国人著者」 のオーラは感じられず、
話す言葉は英語でもその物腰はまるで日本人のよう。
いや、日本人の縄師にも通じる風格を感じました。
見た目は恰幅のいい、どこかの大学教授といった上品なジェントルマンで、その人なつっこい笑顔からは
Kinbaku や
BDSM の気配は全く感じられません。
僕の不躾な質問にも即座に「Yes」と答え、彼にも独特の性癖なるものがあり、それがきっかけでもあったというようなことも悪びれることなく話してくれました。
キワドイ内容でもナチュラルに、なんの違和感もなく語る。
有末さんや
北川繚子さんにも感じたことですが、日本のSM関係者にはこういう人が多い。
そして、意外と「フツーぽい」。
当たり前のことなんだけど。
ただ、マスター "K"の場合、話してみると微妙に日本風の「おたくっぽい」ところがあり、そこがまた親しみやすさを感じさせてくれる部分ではあった。
ライブトークは、これまた意外とこじんまりとしたスペースでまったりと行われ、SMプレイなんか絶対にやっていそうにない健全なカップルや若い女性が集まっていました。
すでに引退し、滅多に姿を見せない伝説の老緊縛師(浦戸宏:にっかつロマンポルノで谷ナオミ主演『花と蛇』などで縄師として活躍した)もサプライズ登場し、まあまあの盛り上がり。
そこで紹介されたエピソードで、日本での邦訳出版のきっかけには、マスター "K"の縄の師匠筋にあたるその浦戸氏が出版社に渡りをつけたという衝撃の事実が明らかに!
元になっている原書の
The Beauty of Kinbakuは本来英語圏のみでの発売しか意図しておらず、日本文化を西欧社会に紹介するつもりで研究・執筆されていたのです。
満を持しての邦訳出版の陰には日米間の師弟愛、友情がありました。
友情といえば通訳のアリスさんにしても、日本で暮らしている強みを生かして「The Beauty of Kinbaku」に関する多くの取材をロス在住のマスター "K"に代わって行い、緊縛に関する資料としての「奇譚クラブ」のバックナンバーを古本屋で探しまわって入手しアメリカに郵送するなど、日本のマニア顔負けのサポートをボランティアで行っていたのです!
であればこそ、あれだけの充実した内容と、学術的にも価値のある一冊に仕上がっていたのは納得できます。
今回の日本語版では原書にはなかった「日本向けバージョン」として加筆された内容もあって、それはマスター "K"が最も伝えたかったメッセージでもあるとのこと。
リニューアルされた「緊縛の文化史」をあらためて読みましたが、翻訳者の山本さんのこなれた訳はとても読みやすく、日本人の知らなかった日本を再発見できるのは確実です。
これは緊縛の文化史というよりも、知られざる日本のもう一つの文化史として読めると思う。
ライブトークの中でマスター "K"は、今は亡き明智伝鬼の「縛りは縄を通した心のコミュニケーションを交わすための技芸である」という言葉に触れ、西欧社会のボンデージ・アート(技芸)にはない日本独自の素晴らしさを賞賛しました。
外国人であるマスター "K"が曰く:
「西欧社会にも宗教的な意味での神聖なる行為はありますが、しめ縄に代表されるように、縛ったり結んだりするという行為は本来、日本人にとって神聖な行いだったのです」 という言葉が、SM的な緊縛にはそれほど縁がなかった僕の心に染みました。

その後でさらに彼がポツリとつぶやくように述べたひと言が、強く印象に残っています。
「あなたの愛する人を縛ること以上に神聖な行為が他にあるのでしょうか?」 マゾヒストの僕から言わせれば、縛られたいという願望は、愛されたいということなのか・・・
誰にでも心の闇はある。
それは太鼓の昔から、ダーク・マターのようにして存在してきた。
ヒッグス粒子のように普段は見えないだけで、何かのきっかけでそれは見つかるのかもしれない。
緊縛に興味があってもなくても、あるいはヘンタイ・ノーマルを問わず、全ての人類必読の書であります。

*マスター "K"のライブトークは 27日にも
ギャラリー新宿座で行われます!