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マゾヒズムに花束を!

恥ずかしくて、ためになる情報発信 Female Domination & BDSM

女王様万歳 

女王様万歳_01

 衆議院の解散が宣言された時、議員たちが万歳三唱をしているのをテレビのニュースで見て、ふと、あることを思い出した。

 僕は子どもの頃にワケもわからずに遊びでやったぐらいで、万歳をまともにしたことはない。

 成人してからの真面目な万歳として、チ○ポ万歳、またはペニス・バンザイというのがある。

 ↑ どこが「真面目な」万歳なんだか


 昔、あるSMクラブで、プレイ中に元気にならない僕のアレを見た女王様が、

 「どういうコトなの? オマエのソレで万歳三唱をして見せなさい!」とおっしゃった。

女王様万歳_06

 年齢的に僕よりは10歳以上は若いであろう女王様にしては、レトロなこと言うなぁと、ちょっとしらけてしまったので印象に残っているのだが、女王様のどんな突拍子もないご命令にも素直に服従する官能の喜びを知ってはいたので、なんとなく違和感を感じながらも努力した。

 その時は後ろ手に縛られていた僕は、腰を突き出し、ふにゃフニャしたそれを上下に揺さぶりながら、無様な姿で「ばんざ〜い(>_<)」と小声でつぶやくと、

 「もっと大きな声で! 女王様万歳でしょ!」とビンタが飛んできた。

 すると僕のソレはみるみるうちに硬くなり「チ○ポ万歳三唱」がサマになってしまった。

女王様万歳_03


 心の底では(万歳が)バカバカしいと思っていたにも関わらず、心知らずか我知らずのうちに興奮してエレクトしている僕のペニスを、なんだか不思議な生き物ように感じた。

 その女王様がアドリブで言ったのか、プレイ・ツールのボキャブラリーとしてそれを使ったのかわからないが、なんとも言えない背徳感と羞恥心で恍惚となってしまったのをよく覚えている。

女王様万歳

 「万歳」という言葉の背後にある不幸な、あるいは悲しい歴史を知っていれば、「非国民!と糾弾されそうなこの珍プレイはその時限りであったが、女王様への崇拝と服従の儀式として、いつかまたやってみたいという気がしている...

 よくよく考えると、衆議院が解散されて失職するのに「万歳」と叫ぶ議員達の心の奥には、マゾヒスティックな気持ちが見え隠れする。

 また、「天皇陛下バンザ〜イ!」と叫びながら死んでいった多くの旧日本帝国軍の兵士や沖縄県民たちにも、究極の美しいマゾヒズムがあったのかもしれないことを思うと、僕のやった「チ○ポ万歳」にも深い意味があり、有意義なプレイであったと、今では確信を持って言えるのである。

 チ○ポバンザイ! 

 女王様万歳。 

   マゾヒズム万歳!!


女王様万歳2



[ 2014/11/23 07:06 ] 雑記 | トラックバック(-) | CM(0)

心の闇はモノトーン 

お馬さんごっこの素敵なイラスト

 Whipping Mistress 2 から拝借した画像です。

 この系統のイラストなら僕も随分と収集&チェックしてきたのだけれど、これほど美術的にもきわめて高い水準にありながら、なおかつ「口に出すのも汚らわしい!」ファンタジーをも同時に喚起させてくれる作品には、SardaxやNanshakhなどの巨匠レベルをのぞいてはなかなかお目にかかれません。

 いわゆる「お馬さんごっこ」は、「子どもじみた」という記号の陰に隠れて、サディズム&マゾヒズムの共通言語が、すなわち「支配と服従」というコンセプトがしっかりと組み込まれた大人の遊戯と言えます。
 
 この魅力については、馬仙人さんの「女性上位時代」に詳しいのでそちらをご覧頂くとして、今回はモノクロームへの思い入れについて触れてみたいと思います。

 モノクロなのにこの画像はなんともフォトジェニックで美しく感じるのはなぜなのか。

 恥ずかしい、あるいはウシロメタイ思い出というのは、けして色鮮やかなカラー映像ではありません。

 僕の勝手な推測ですが、人間の感覚は脳に入力される時はカラーでも、記憶として処理される際にモノクロ化されているのはないでしょうか。

 ここで紹介しているお馬さんごっこのイラストも、オリジナルはカラー作品でそれをデジタル的にモノトーン化したように見えます。

 SM的なイメージは、カラーよりもモノクロの方が好まれるような気がします。

 後ろ姿からも、ホンノリと感じることのできる女性の上品なサディズムが、色のない空や木々を背景に輝いて見える。

 そこにあるのはモヤモヤした、それこそ「口に出すのも汚らわしい」妄想や願望。

 ギラギラした心の闇に隠れた欲望が、洗練されたスタイルで、巧みにクローズアップされる。

 あたかも男のお尻につけられた尻尾のように、見る者の心に深く突き刺さるのに貢献しているのが、モノトーンの静かなインパクトなのです。

 例えば、 Femdom Desires というサイトでは、元はカラー写真が白黒で紹介されます。

 このサイトのキャプション:Just a collection of images that won't leave my mind...

 拙訳 →:「私の心から離れることのないイメージ集」

 このサイトに、以前僕が古いSM雑誌からスキャンしたカラー写真がモノクロームでアップされていたのを偶然見つけました。

舐め舐めM男(白黒)

 心に残るイメージというのは、なんだかよくわかりませんが、とにかくモノクロのようです。

舐め舐めM男(カラー)

 SMのコンテンツ自体がすでにドギツイので、モノトーン化されることで少しやわらかく、ファンタジーの領域をより広く、深めてくれている。

 昔のSM雑誌では、女性緊縛ページは豪華なグラビア・カラーなのに、M男ものはたいてい白黒写真で扱いも小さかった(>_<)

 そのようなオヤジくさい郷愁などもそそってくれるモノクロ画像の切なさが好きです。


 ところで最近、 NHKで「カラーでよみがえる東京」と、「よみがえる色彩 激動の20世紀アーカイブ」という番組を立て続けに観ました。

 昔の白黒フィルムにデジタル技術で色彩をつけるプロセスを紹介するとともに、カラー化された古い映像のいくつかを見せられたのですが、「色」の持つリアリティの力強さには、あらためて衝撃を受けてしまいました。

関東大震災モノクロ

 関東大震災の火事現場や、第二次大戦のナチの軍服など、モノクロ映像として認識していた過去の知識や古い情報が、カラー化によって「蘇る」、・・・というより、もっと別の新しい現実として印象づけられるといった感じです。

関東大震災カラー


 僕たちがリアルでみている現在進行形の光景はカラー映像であり、色のもつ現実感そのものは当たり前のことです。

 しかし、カラーで記録する技術がなかった時代のモノクロ映像をカラーで見るということの意味は、

 記憶としての遠い過去を、今ある現実かのごとく見つめ直すということになる。

 それらの中には、本当は見たくなかった残酷な、厳しいものもあったかもしれない。

 それはそれで意義のある再認識であり、カラー化作業の価値を讃えたいと思います。

 SM的な体験というヤツも、記憶の中でモノクロ化されているからこそ、なんとか救われるような気がしています。

 心のメモリーから削除したいナヤマシイ思い出もある。

 戦争や災害など、あるいは失恋といった個人的につらい体験もあるでしょう。

 でも消せない。

 つらいけれど何度でも見たくなる不思議な魂の動画や妄想劇場が、8kのデジタルハイビジョン映像だったら、あまり楽しくないのかもしれない。

  もどかしいけど、心ときめく。

 モノクロの良さは、そういう曖昧性だと思う。

ユリイカでのお馬さんごっこ(モノクロ)
 なぜか約1名に受けているお馬さんごっこの図。マイナス・イオンでてますか?




エレーン・ヴォン・アンワース_16 NHKの変態講座 

  アニメ系お馬さんごっこ

  


乗馬 乗馬 乗馬


  

  














 
 
[ 2014/11/18 07:39 ] 仮性M日記 | トラックバック(-) | CM(4)

SMバーは汚らわしいのか? 

SMバー

 正直なところ、国会でのやりとりなんか全く興味ないのに、この話題がやけにクローズアップされ、あちこちで物議をかもしているもんだからつい気になってしまった。

 民主党・菊田真紀子衆院議員にSMバーを

「口にするのも汚らわしい」

 とまで言われてしまっては、黙っていられない。

 そこまで言うか?

 これは、飲食費をSMバーで落とした宮沢大臣への批判ではなく、SMバーの存在自体を批判した差別的な発言に聞こえる。

 SMバーを貶めるかのようなこの発言はいかがなものか。

 まぁ僕自身は、SMバーに行く前から汚れちまっているからいいんですが、そこに行く客は汚らわしく、そこで働く従業員も汚らわしいとでも言ってるかのようなあの国会答弁には憤りを感じる。

 SMバーの関係者が、今回の差別的な暴言で傷つくようなコトがないことを願いたい。

  そんな精神的にヤワな人はいないとは思うのですが(>_<)

 確かに、「今日はSMバーに寄って行くから遅くなるよ」とは家族には言えない。

 口にはしづらいのは認める。(そこがイイとこなんだよ)

 しかし、僕にとって SMバーは神聖な場所です。

 自分の「汚れ」がそこで落とせるような気がしている。禊(ミソギ)ですな。

withイヴ_Pony_m

 SMバーでは基本的にSMプレイはできませんが、禊の儀式は、人によっては、やりようによっては可能。

 誤解している人も多いと思われるのでこの際言っておくと、飲んで話すだけ」という人もいるし、少し刺激の強いハプニングの可能性がオプション的にあるだけで、SMバーでいつも汚らわしいことが行われているわけではありません。

 見方により、好みによって評価は様々になされるとは思いますが、「汚らわしい」は言い過ぎだと思う。

 だけど女性にこういうコトを言われると、萌えてしまうかもしれない別の自分もいる。

 「汚らわしい!」と言われてみたい気はするのだが、菊田議員には言われたくない。

 




 どうでもいいか、そんなこと。












 
[ 2014/11/14 22:36 ] 雑記 | トラックバック(-) | CM(13)

ウフィツィ美術館展 

 イタリアに行くと必ず訪れていたウフィッツイ美術館は、僕の一番お気に入りの美術館です。

 なぜなら、そこにはこの作品があるから。

パラス&ケンタウロス


 ボッティチェッリの「パラスとケンタウロス」は、とてもFemdom 的な匂いのする美術作品だと思う。

 右の美しい女性は学問の女神パラス。

 左でナサケナ〜い表情をしているケンタロウスは、暴力や肉欲など、人間の獣性を象徴させるような半人半獣の姿をしています。

 この作品は「知性が欲望に勝つ」というような、もっともらしい解釈が一般的なのですが、

 誰がどうみても、女王様M男の図 に決まってます!

 その素晴らしい本質を無視して、やれ新プラトン主義がどうのこうのといった、いかにもとってつけたような理屈を並べ立てるのは、マゾヒズムの持つ宿命的な恥ずかしさや、後ろめたさのせいだったのでしょうか。

 ボッティチェッリは、本心では女神様に鞭を持たせたり、ギリシア神話に登場する屈強な(あるいは醜い?)男に顔面騎乗する女性の構図の絵を描きたかったのに、メディチ家への手前遠慮して、文字通り彼の願望は理性によって自主規制されてしまったのです。

 そういう意味においては、理性による本能の統御というモチーフに落ち着くことは可能ではあるけれど、ルネサンス時代の王侯貴族やカトリック教会、そしてメディチ家の人々も、女神がマゾヒストを虐める絵を見たかったに違いありません!


サンドロ・ボッティチェリ作「ヴィーナスの誕生」
サンドロ・ボッティチェリ作「ヴィーナスの誕生」
「人はマゾに生まれない」(2008年4月9日付エントリー)



 それにしましても、ボッティチェリの描く女神様は神々しい。やはりウフィッツイ美術館にこの作品と一緒に展示されている「ヴィーナスの誕生」においても、パラスを思わせるような優しい表情が印象に残ります。


ウフィツィ美術館展 12月14日まで 東京都美術館

ウフィツィ美術館展


[ 2014/11/13 08:23 ] 美術 | トラックバック(-) | CM(2)


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