
失礼ながらもう「終わった人」かな、とも思っていた
蓮實重彦。
80歳で今年の三島由紀夫賞を受賞した作品が「伯爵夫人」
「今さら新人賞かよ!」 と、受賞記者会見の不機嫌極まりない態度で話題となっていたやつです。
あれはわざとやった「営業」だと思うのですが、元東大総長にしてはおちゃめな感じがしてあの会見は面白かった。
蓮實さん、80歳にしては若すぎる!
実は、この人の文章は学生時代からよく読んでいました。
彼の小難しい映画評論は、演劇専攻の学生にとって必修科目。小林秀雄の絵画論より難解ではなかったけれど、独特のエクリチュールはわかりにくいという思い出が残っています。
意外にも小説作品はこれが3作品目だそうで、今回初めて読んでみました。
とても初々しい、平成の現代に書かれた「昭和の近代文学」のような、一流の官能小説という印象を得ました。
多少SMっぽいテイストも入ってますので。
(どうでもいいか、そんなコト)
僕よりも一回りか二回り上の世代の高齢者にはルルという呼び名が懐かしい
ルイーズ・ブルックスという、往年のハリウッド女優が(名前だけ)頻繁に登場します。彼女は蓮實さんの世代にとっては絶対的な崇拝の対称として君臨していたようです。
表紙がまさにそのイメージなのですが、それよりもこのカバーに使用されている紙質が素晴らしい。
これはぜひ、書店で手にとって頂きたい! これだけでもう貴族趣味〜♪
独特の手触りとしなやかさをもつ高級な特殊紙が使用されていて、なんというかフェチ心をくすぐってくれるのです。
つい撫で撫でしたくなるんだよね(>_<)
革の鞭を、指先で触っている時のような感触が・・・
(僕は打たれるのは苦手ですが、鞭そのもののマテリアル感は好きだったりして) 作品中で唐突に登場し、細かい描写がなされるドラステのココア缶の尼僧といい、蓮實さんのマニアックなこだわりにはクラシックなフェティシズムが感じられます。

最近の若い女王様は、ケータイで現代の官能小説をよく読まれているようですが、アナログな紙のぬくもりを感じながらこういう作品にも触れて頂きたいと思います。
もしかしたら80歳で新人賞を狙っていたのかも?とも思えるような、「よく書けるよな〜」とため息がでるほどのずみずしい文体は、読んでいて本当に恥ずかしくなってくる。
接続詞を使わずにシームレスにつなげる手法は、若い頃の山田詠美のスタイルを彷彿させてくれます。
ばふりばふりとまわる回転扉も、河野多恵子のSM小説「回転扉」を連想させてくれました。
高齢化社会の下流老人に、夢と希望を与えてくれる作品です。

日本の近代文学というのは、乱暴な言い方をしてしまうなら、ほとんどが官能小説だったように思う。
特に男性作家が書いていたのは恋愛小説と言ってもよく、谷崎の「痴人の愛」は間違いなくそれで、昭和の純文学系作家には、その流れが何らかのかたちで受け継がれている。
純愛をいかにエロティックに、過激なエロスをさりげなく、婉曲的に表現できるのか。
つまり、下品なことを上品に描けるかが文豪の腕の見せ所。
勝手に興奮するのは読者の領域。
そういう意味で「伯爵夫人」の文中には、これでもかというほど扇情的で露骨なキーワード(熟れたま○コ」や「魔羅」とか)が羅列されていくのですが、不思議と卑猥な感じがしない。
後半にはついにというかやっぱりというべきか「射精」なる表現のオンパレードで、80歳にしても性的欲望が枯れてないのがなんとなく伝わってくる。
そうした表現上のスキルが、作品テーマの表現形式を通して示される。
テーマが官能でもSMでも、性愛やセックスに年齢はあまり関係ないということなのでしょう。
二十歳の人にはその年齢でしか書けないものがあり、80歳の人にも同じことが言えます。
これはある意味で、カミングアウトを兼ねたファイナルファンタジーなのかもしれない。
もしかしたら蓮實さん、隠れマゾヒストだったんじゃないか。
久々に太宰治や川端康成のような、いわゆる「文豪」が若い頃に書いたような純文学作品を読ませてもらった〜という、しっかりとした読み応えを感じました。

旧い映画の話もよく出てくる
某Blogから勝手に拝借した伯爵夫人っぽいイメージ

伯爵夫人というと、なぜか鞭を持っているような「偏見」を抱いております。
何か間違ってますしょうか?

伯爵夫人の優雅な休日
こういう画像を紹介するからといって、僕が鞭で打たれたいわけではない(>_<)
