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マゾヒズムに花束を!

恥ずかしくて、ためになる情報発信 Female Domination & BDSM

月別アーカイブ  [ 2021年06月 ] 

個性という名の幻想 

 恥の多い生涯を送ってきました。

 20代前半の、あるSMクラブでの思い出です。

Kika女王様の人間椅子

 「アタシ、そういう女王様じゃないですから」

 そのプロドミナは、まだビギナーだった僕に、そうおっしゃった。

 僕と同年代に見えたが、実際は年上だったかと思う。
 
 こちらとしては「ああ、そうですか」と、言うしかない。

 女王様のおっしゃることに、異議を申し立てるのは奴隷としては謁見行為だから、という意味ではない。

 ではどういう意味においてかを後述しますが、ともかく、どういう女王様でもいいというワケではないけれど、「そういう女王様」と決めてかかるのは、お互いにあまり面白くないんじゃないかなとも思う。

kika_1

 「女王様」を「人間」という代名詞に置き換えてみるとわかりやすい。

 しょっぱなから、ガチで自分はこういう人間だと決めてかかる人が、どこの世界にもいる。

 自分がどういう人間なのかは、自分が決めるのではなく、他者が決めていることなのに。

 世の中というのは、そういうふうになっている。

 若い時には、ナカナカは気づけないことかもしれない・・・

 僕もそうだった(今もだが)

 どんな人間になっていくかは、他者との関わりにおいて形成されることにも、無知だった。

 こういった、一般社会での常識的なことを、僕はSMクラブという、狭い空間で学んできたような気がする。
 
 どんなに高額な料金を支払って、完璧なシナリオを準備し、綿密なカウンセリングと信頼関係を築けたとしても、SMプレイはある種ぶっつけ本番的なナマものという側面は避けられない。

 僕は長いこと自分の殻に閉じ篭り、他者との関わりに自信が持てないでいた。

 SMクラブに逝きさえすれば、自分のささやかな妄想が実現すると信じていたが、そうではないことに、裏切られることもあり得るということに、無防備だった浅はかな自分が、かつて確実に存在していた。

 SMでの初歩の作法のようなものは、女王様から教えてもらい、次第になんとはなしに判ってきて、そのような伝統や形式に乗っ取った上で、自分なりにやってみたいコト、女王様にして頂きたいことを提案していくような術を取得していったように思う。

 他の世界にも当てはまる処世術ではないだろうか。


 ありがたいことに、「どういうマゾなの?」と聞いてくれる女王様もいらっしゃいます。

もっと舌を伸ばして!指示書画像

 マゾとしての自己主張は、最初の頃はうまく出来なかったけれど、これ幸いとばかりに、「アレも好き、これもして」みたいなエゴマゾ全開のワガママを言ってみても、結局、ほとんど実現しないこともある。

 聞いてくれたからには、多少は忖度してくれるだろうと思うのは、甘い。

 これも、一般社会ではよくあるコト。

 みんなちがって、みんないい。

 あ、この人、自分とはちがうかな?

 たとえ「自分とは合わない」と思っても、

 「あなたとは、ちがうんです(考え方などが)」と言って対立するよりかは、

 心の中でその違いを認め合い、共感はできなくても、差異の不思議さを発見する方向に目を向ける。


kika_3


 そもそも、ちがって当たり前なんだから、いいもワルいもなくて、受け入れるしかない。

 その差異と、向き合うのを恐れずに、楽しめるようになりたいものだ。

 対立や摩擦も含めて、寄り添う気持ちが大切になってくる。

 親しい知人といった感じの、すでに関係性が成立しているパートナー同士のSMプレイであればともかく、SMクラブなどで「初めまして」から始まるプレイの場合は、お互いの違いを認めた上で、どこかに共通点がないかを模索するように寄り添う姿勢が、そのセッションを少しでもステキなものにしてくれるはずだ。

 親しい者同士が、お互いに理解しているというのも、幻想に近いと思っておいて損はない。

 奇蹟的に一瞬わかり合えたとして、それが次の瞬間も持続しているとは限らない。

 誰かに会って、自分が変わる。個性も変化していく。

「調教」の本質的な醍醐味は、そういうところにもあるように思う。

 自分だけが個性的だと、自分だけが思っている。

 それが本当なら、みんなが個性的だ。

 マゾは自分だけが、特殊な、あるいはヘタレマゾだと思い込んでいる。

 しかし個性とは、同じ自分が持続するような一本線ではない。

 養老孟司先生も言っているように(「バカの壁」)、細胞レベルで人間は、毎日変化している。

 誰かと会うたびに、折れ曲がって枝分かれしていくアミダくじのラインのようなものだろう。

 個性には確かに普遍的な天然ものもあるのだろうけれど、全てが最初から決まっているわけではなく、ずっと同じままで不変であるというのが、まさに幻想なのだと思う。

 だから、彼女がどういう女王様かは、マゾが決めていい。

 しかし、それが決定的で普遍性があるというわけでもない。

 同じように、自分がどういうマゾかを、女王様に決めて頂こう!

 相関的でインタラクティブに、お互いの共同幻想への接点を模索していくことが、理想だと思う。


 そのように考えると、「個性」の幻想から少しは自由になれそうな気がする。


■ マゾのお酒の正しい飲み方
kika_2



[ 2021/06/26 16:56 ] えすえむだけが人生だ | トラックバック(-) | CM(4)


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 自分に素直になりたい!そう願っているひねくれ者なのかもしれません。平凡で小市民的な暮らしを営む一方で、過激な妄想世界を漂う、無意識過剰の仮性マゾ。



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