北川プロのビデオ作品に当初から出演していた強者M男氏と岡山で会った。僕のブログの熱心な読者でもある彼は、齢80になろうかという上品な老紳士。みためは50代の、ごくフツーのおじさんにしか見えない。人なつこい笑顔で握手を求めてきた。「やっとお会いできましたね」。
北川プロのビデオの中で聞こえていた、馴染みのある声だった。彼のその超ハードなプレイ内容にはタジタジで、どんなにゴツい人かなと、僕は内心、ちょっとビビっていた。会ってどうなるんだろう。北川プロに拉致されて奴隷にされちゃうんだろうか、などとまたバカな妄想をワザとしてみて、一人でドキドキしていた。(←アホだね)
3年前、
北川プロのイベントにパネラーとして僕が出演できたのは、この人がキャスティング・ディレクターとして北川繚子をサポートとしていたからだ。僕はブログを始めたばかりで、当初から的を射たコメントに僕はうなっていた。顔の見えないネット社会。同じマゾヒストというだけで根拠のない親近感を感じていた。
「SMを遊ぼう!」という北川プロのイベントは、マニアの壁を取り払い、文化としてのSMを一般の目線で楽しもうとする趣向で、その教材として北川レーベルのMビデオを使うというスタイル。そして女王様の鞭打ちショーやトークセッション、ダンスパフォーマンスという、バラエティに富んだ内容が素晴らしいと思った。こういう趣旨なら僕にでもお手伝いできるかもしれないと、ちょっと怖かったけど出演を引き受けたのである。
しかしイベント当日、彼は体調不良のため立ち会いを欠席。彼の崇拝する素敵な女王様たちに囲まれて、僕はステージにぽつんと立っていた。面識はなくとも唯一の僕の理解者に思えた彼が不在のイベント現場は、華やかだったが少し寂しかった。いつかきっとお会いましょうとメールで約束してからまる3年が過ぎていた。
岡山では
有名なフェティッシュ・バー。この日はちょうどあるミストレスの誕生パーティーで、店内は異様な盛り上がり。カウンターはほぼ満席で、とてもじゃないけど、まったりと語れるムードではない。入れ替わり立ち代わり、ホステスのような(実際そのようなものだが)若くてかわいいミストレス達が膝の上に乗ったり、腕を首に回してきたり、悩ましい接客攻勢をかけてくる。みんなテンションがやたら高い。お誕生会だからだろうか。それともこれが岡山のノリなのか。大阪とはまた違う独特のものがある。客の女性もカウンターに座り、足を広げて公開羞恥プレイが始まった。後ろでは若い男性客が上半身裸になって女王様に鞭打たれている。ここは確かにフェティッシュ・バーのようだが、雰囲気はまるで居酒屋だ。客も女王様も、とても明るい。あっけらかんとSMを楽しんでいる。もうSMは「秘め事」ではなくなってしまった。誰もかれもSMをオープンに楽しんでいる。なんとも羨ましい。
生ビールを注文する。
「はい、ご聖水一本はいりました~」てな感じ?
ここはあまりにも明るい。眩しいくらい弾けている。明るいSMも、いいものだ。
hana さん、とここでは呼んでおく。独学で鞭の製作方法を学び、自作したという「作品」を彼はまず見せてくれた。これがアマチュアの手作りとは思えないほど精巧な仕上がり。まさに職人芸である。
「今自分が作っている鞭で、女王様に打って頂けると思うだけで、興奮するものなのですよ」と彼は幸せそうに語る。いろいろなSM談義をさせて頂く中で、hana さんは「SMは芸術じゃない」という発言があった。しかし、僕はhana さんはSMの芸術家だと思った。少なくともクリエイティブな感性でSMを楽しむ粋な職人というのは当たっているだろう。
「ホーマーさんは、ようやらんようでっせけど、僕はスカトロもいけるほうで、これは案外キツいもんです」 えぐい話も随分した。初対面の人には聞けないようなことも、言えないようなことをお互いにたくさん口にしていた。他人には絶対に聞いてほしくない内容ではあった。今日初めて会ったのに、20年ぶりにあった親友同士のように、僕たちは心の底から真実を語り合った。
その中で、次の発言が意外でもあり、印象に残っている。
「SMにヌードは必要ないって言う人もいるけどね、僕は鞭打っている女王様の乳房が揺れるところも見たいんですよ」と。
これには僕は、異を唱えたかったのだが、すぐにそれはバカげたことだと気づいた。なぜ僕はSMを型にはめたように考えていたのだろう。SMなんて、人それぞれでいいじゃないかと常に思っていたはずなのに。僕のSM観は、これまで随分と不自由だったようだ。
DALIがはねたあと、ホテル近くの居酒屋で明けがたまで飲み、語りあかした。思い出深い、実に忘れがたい夜となった。
hana さんのまるで子どものような無邪気さの中に、彼の人生哲学の本質があるように思う。SMは一般の人からはとんでもない世界と思われがちだが、自由な個性の一つにすぎない。僕に言わせるなら、自己責任とはいえタバコを吸うのだって問題だと思う。それなのに自らの身体を痛めても、好きなことをする自由の魅力は大きいものなのであろう。
hana さんにはホントに自由だ。迷いがない。悩みがない。いやかつてはあったのだろうか。今の天真爛漫な笑顔からは想像もつかないのだが。
僕は迷いや悩みだらけの人生だったように思う。それが一瞬ふっきれた。
「奇譚クラブ」やビデオの中だけでしか知らなかった本物のマゾヒズトが目の前に存在する。いったいどんなご縁で僕はこの人とお酒を飲んでいるのだろう。
hana さんは僕に諭すように言った。
本当に好きなことなら、勇気を出しておやりなさい! 人生の意味を、初めて教わったような気がした。そしてSMを生きざまにするという自由の素晴らしさを。
SMは自由である。 そして、SMは爆発だ。
はたして僕は、SMに人生を賭けることができるのだろうか?
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