
イヤ、しゃれでなくて。(駄洒落だけど)
「跨がる」(またがる・matagaru)
ride onという言葉が好きです。その意味する行為も。
もう少し正確に言うと、「またがれる」という受身形がいいかな。
あ〜、跳び箱になりたいヨ (>_<)
顔面騎乗とは、顔の上に跨がるわけですが、この「跨がる」というアクションそのものは、古くはお馬さんごっこにも繋がるミッシング・リンクでしょう。

こんな、いかにも健全なようでいて、ドロドロしたいやらし〜いい妄想をかき立てるビジュアルはそうないよ。
もう、そのものズバリじゃ勃起しね〜し (>_<)
チューいちぐらいの時、純粋な気持ちで体育館に行ったらば、女子バレー部員の同級生が練習してるのを見て、思わずムラムラ〜としたのを思い出す。
その頃はまだ、SMという概念にそれほど染まってなかったが、罪のない勃起はいつやってくるのかは予想できない。
しかし、僕のうちに溢れでていた、ワケのわからない心とからだのときめきは、まさしくマゾヒズムの萌芽ではあったように思う。
鞭もローソクも顔面騎乗も知らない、無垢なマゾヒズムが、ムクムクと(いや、シャレでなくてネ)沸き出しつつあったのである・・・
ちなみにムクと言えば、無垢な少女の緊縛絵師の
椋陽児を思い出す・・・
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ただ重いだけでうるさいなあと思ったくらいでしたが、「これが○○ちゃんだったらなあ」などとも思いました。
谷崎の『少年』を読んでドキドキしたのはそれから数年後で、鏑木清方もその時知りました。
正直言って女性に組み敷かれると言っても姉とかでは嫌でしたが、これもひとつの「めばえ」だったのかなと思います、
昔の想い出にひたってばかりです。早く新しい日常ではなく、文部省も推奨するアブノーマルな日常が戻ってほしいと思います。