
1949年(昭和24年)に発行された雑誌です。
最近はあまり聞かないコトバですが、「奇抜」って、どういう意味なんでしょうか。
「奇抜な女」っていう表現も、昨今では物議を醸しそうな言い回しでもあります。
「奇抜なファッション」とか、アイデア、演出、手法などにはよく使われる言葉ですが、人に対しての形容詞としては、やや使いにくいと思う。
この雑誌で表紙に使われているイメージが、当時の共通認識だとすれば、今はもう奇抜な人だらけ。
奇抜の定義・解釈が今と全く違う。
戦後すぐに婦人参政権が実現したとはいえ、まだ女性蔑視的な雰囲気も残っていた時代かもしれない。

それはないにしても、とにかく奇抜なレイアウトで売りたいというエネルギーを感じます。
まだ写植技術が普及していない状況の中で、アナログなコラージュで頑張っている図版。
この版下を作成した人は、マゾヒストの気があったのでしょうか。

後ろに見えるのは銀座の和光ビルじゃないかと思うのですが、これも勇気あるというか、今だとクレーム来ますかね。
カストリ雑誌だから、まぁどうでもいいようなものの、後の時代を先取りするような、アヴァンギャルドな感性ではなかったでしょうか。
戦後の混沌とした状況の中、出版文化も手探りであったろうと思います。
男子の妄想、要望の中に、「奇抜な女性」を待ち望む機運の黎明期だったのかもしれません。
誤解を恐れずに言わせて頂くなら、SMの女王様になれる、あるいはなれそうな人材は、奇抜な女性と言えるのでしょうか・・・
現代においては、それこそ奇抜な考え方になってしまうのかもしれません。
どちらかと言えば今は、昔に比べると、ごく普通の女性、あるいはいいとこのお嬢さんが、SMクラブの女王様に参入してきている時代になって久しいと思われます。
■ 女王様の地位向上の歴史

昔の女王様はなぜマスクで顔を隠していたのか?
■ SMフェニックス
■ 奇譚クラブのマゾフォト
■ マゾフォトのカメラ目線
■ SMスナイパーの廃刊

SMメディア変遷の歴史
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たしかに仰る通りですね。SMプレイ自体が危険プレイも辞さない/文句が言えないハードコアだけではなくなったし、さらにその背景にはインターネット、そしてスマホなどで広くこのような性癖に関する情報がひろまったことにあるのでは...
(覗き見防止フィルターをつければ、一般人が電車の中でSMメディアを読むことだって普通にできます...って私だけ?)
S性M性フェチなんて、ごく一部のマニアだけではなく誰しも様々な度合いで持っているものでしょうから...
覚悟を決めてルビコン川をわたった先人たちに敬意を表しつつ、わたしは川のこっち側で(どっちだ?)折り合いをつける毎日です...しかしアングラな昭和SMメディアで目覚めただけに、いつかは「あっち側」の世界も見てみたいですね....
乱文失礼しました。