
先日のDVD撮影で縄師をやっていたヤギー氏とBARBARで少しお話しました。M男とS男性縄師との奇妙な会話は1時間程度でしたが、いろいろと勉強になりました。
女性緊縛写真を見て興奮はしても、僕には女性を縛りたいという気持ちはほとんどなく、もともと緊縛そのものに対する強い関心はなかった。M男的に女王様から「縛られたい」という願望もそれほどない。女王様が望むならやってもいいけどね、ぐらいな。
しかし、
伊藤晴雨 や
喜多玲子(須磨利之)の責め絵は昔から好きで、S男的な気分ではなく、美学的な見地から緊縛の世界にはなぜか惹かれるものがあった。
自分はM男なのに女性が縛られている図に興奮するのに違和感がない。それは自分のマゾヒズムと矛盾はしないけれども、M女が縛られて悶える感覚は、M男的にはよく理解できない部分だ。
ましてや、女性を縛って悶えさせるなんて、ちょっと僕には想像もできない。
団鬼六さんから直接聞いた話で「マゾヒズムを理解していないと、本当のM女を満足させる責めはできない。俺にはマゾ気質もある」とおっしゃっていたのが印象に残る。
S男性がマゾヒズムを理解できるなら、M男にもサディズムが理解できるのだろうか。
そんな気持ちでいろいろとヤギーさんにお話を伺う中で、この人もやはりマゾヒズムをしっかりと理解していた。M気質があるかどうかまではわからなかったけれど、人としての魅力や品性があってこその責めのスタイルに、ダンディーな美学を感じた。
S男性として一流の人物は、おそらく普通の男として女性を満足させるような、つまりまともなセックスでも女性を満足させることが出来るのだろう。
僕にはそれが、とても出来そうにもないことなのでした。

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