
僕が美術や漫画、そして特に西洋絵画に関心を持つに至った動機の一つに、蕗谷虹児のアールヌーボー調の挿絵を幼少時に見ていたからではなかったかと今になって思います。
幼いころ母が読み聞かせてくれた講談社の世界名作童話全集が今も実家に残されています。
これは祖母が母に買い与えたものでかなり古く、我が家ではずっと宝物として大切にしまわれてきたものです。
僕は当時は蕗谷虹児の名前を知りませんでしたが、アンデルセンの童話のインパクト以上に、この挿絵の鮮やかな印象は強烈に残っています。
こどもというのはスト-リーよりもビジュアルなイメージに惹きつけられるものです。
僕の母は昭和9年生まれ。蕗谷虹児が挿絵を描いていた「少女倶楽部」を読んで少女時代を過ごしました。
母は「少女倶楽部」の他「令女界」などの貴重なバックナンバーを大切に保存しています。
大正から昭和の時代にかけて少女ブームと言われる一大ムーブメントが巻き起こっていました。
時を同じくして谷崎潤一郎の「痴人の愛」が新聞連載小説としてヒットし、ヒロインであるナオミのライフスタイルが話題となり「ナオミズム」という標語も流行した時代です。
女性の新しい時代の幕開けかとも思えたのですが・・・
しかし女性の社会進出や男女同権的な思想が語られはしたものの、今で言うキャリアウーマンなどが登場できる余地はありませんでした。戦争でそれどころではなかったのです。暗い現実を忘れるために、少女も成人女性も、蕗谷虹児の描くモダンガールにファンタジーを見ていた。夢や理想としてだけの少女幻想。

恋愛結婚などはまだ現実的とは言えない時代や社会では、人生の墓場とも揶揄される不本意な結婚をしなければならない時もある。
それは、夢と幻想に胸をときめかせていた少女時代の終焉を意味しました。
花嫁御寮はなぜ泣くのだろう?
いくら贅沢で美しい金襴緞子を着ていても、自由な空想世界で戯れていた少女的ユートピアの消滅が予感されたからなのでしょう。
そのような、モダンガールの夢の哀しみを巧みにとらえたからこそ、「花嫁人形」はヒットしたのだと思います。
現代の花嫁は泣くのでしょうか?
■ 伊藤晴雨

■ 蕗谷紅児

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