
高齢者や身体の不自由な人に席を譲ることは、子どものころからしていました。
それはもう習慣のようなもので、本当に優しい気持ちから来ているのかどうか自分でもわかりません。
最近どこかで読んだのですが、先進国の中で日本は、席を譲らない人の割合が多いのだとか。
それが事実かどうかはともかくとして、諸外国に比べて譲りにくいムードがあるような気はする。
席を譲りたい気持ちはあるけれど、譲らないと居心地が悪いという面も否定できない。
それやって「いいかっこしやがって」みたいな視線を感じてしまうことがあるのも悲しい。
正直に言うと、まわりがそうするから、あるいはそうしなければならないような雰囲気、
自分をいい子に見せようとする偽善などなど... を感じます。
そして、最終的に気づくのです。
自分はそれほど優しい人間ではなかったのだと。
ほとんど義務感からする行為が虚しくなり、いつの頃からか僕は電車や地下鉄では座らなくなった。
席を譲らないよりはましだと思って。
なんだかひねくれている自分がウシロメタイ。
しかし最近は、ぴんぴんしてる元気そうなお年寄りに「どうぞ」と席を立つのも、逆に気がひけるのです。
(だったら黙って席をたてばいいじゃん) 大きなキャリーケースを携え、脚が長くきれいな女性が、自分の座っている前に来たならどうするか。
さっと立って「どうぞおかけ下さい」と席を譲りたくなります。
これは
本心からそう思う... のに出来ない。
ひねくれている自分がもっとウシロメタイ。
社会的弱者へのいたわりの気持ちと、女性を崇拝したい気持ちは別だと思います。
どうでもいいか、そんなコト。
・・・・ m(_ _)m
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