秘密の本棚/徳間文庫 「奇譚クラブ」の告白手記や小説のアンソロジーである。編者は往年の「風俗奇譚」編集長にして風俗資料館の初代館長高倉一氏。「奇譚クラブ」に須磨利之が関わり始めた1953年から1964年までに発行されたものから選りすぐりの傑作が読める。2分冊で第1巻がSM一般(縛りと責め)、第2巻では主にマゾヒスムに関するものが収録されている。
「奇譚クラブ」自体が今は入手困難になっているので、この徳間文庫は戦後のアブノーマル文献資料としては手頃だがかなり貴重な資料と言える。これらの原稿は、のちにプロとして活躍する人材も執筆しているが、ほとんどが無名の素人読者による投稿である。人には言えない恥ずかしい、赤裸裸な告白や空想が、自由奔放なスタイルで描かれていて読み応えはたっぷりだ。
「マゾヒストの歓び」とサブタイトルが付されている第2巻の冒頭を飾るのは沼正三による外国小説の紹介。ソフィア伯爵夫人による「マゾヒストの会」という足舐め小説を沼が翻訳している。これは「奇譚クラブ」昭和28年5月号に掲載された。沼はこの前の4月号で、芳野眉美宛手記として「神の酒を手に入れる方法」を投稿しているが、この5月号でも巻頭を飾った「マゾヒストの会」が、沼正三の本格的なデビューと考えていいだろう。そしてこの翌月から「あるマゾヒストの手帖から」と題するコラムがスタートするのである。
この年の暮れに「アリスの人生学校」という、本邦初の海外鞭打小説が翻訳出版されたことを考えると、沼の足舐め小説の翻訳紹介は革新的な試みであった。やっとサディズムとマゾヒズムという言葉が登場しだした時代であり、まだまだ一般的には知られておらず、知ってる人が白眼視されているような状況であった。
ここで紹介されている足舐め小説も、「夫が妻の足を舐める」という、今ならさほど刺激的とは言えないジャンルではあるが、戦後まもない日本の社会では受け入れがたい強度の変態行為として認識されていたのであるまいか。

実際に夜の寝床などで、男が女性の足を舐めるという行為が行われていたにしても、フィクションが描くモチーフには成り得ず、ましてや自らを奴隷の身分にしてまで女性にお願いするのは、または女性が男に命令するのは、狂気の沙汰といった時代であったかもしれない。
「奇譚クラブ」で読まれた様々な作品によって、それまでの抑圧が少しずつ開放されていく。
「秘密の本棚」では、そういったタブー意識の変遷をも知ることができる。




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